アドリア海 その1

ヨットの旅案内 アドリア海 クロアチア編

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9月27日 今回のヨットクルーズベースとなった
Trogir トロギールの街 (ユネスコ世界遺産)
1991年~1995年の戦争では爆撃を免れた街


海外遠征、、今回レンタルしたのはベネトウ42feet フランス製のヨット 
重厚というより 軽快に走るヨットだ。 


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トロギール ヨットハーバーからの夜景


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街の散歩道 、、、 旧市街は一周20分ほどの海に囲まれた小さな街 


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トロギールの街中 晴天率が高いので屋外のカフェが多い
左奥のスーツやドレスの人たちは 結婚式に集まった人たち 


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港街トロギール 旧市街の住宅  


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いまも使われてる小学校  古い建物がじょうずに使われている

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PAKLENI OTOCI 国立公園 


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Hvar島  ラベンダーが有名な島



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絵に描いたような 美しい港と ヨーロピアンのセンスいい街並、、カナダではなじみのなかった国だが 
どこも 驚くほど美しい。



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真夏は人で賑わう人気のこの島も 観光の最盛期が終わり どこも空いていて快適な時期、、、

カナダとは碇泊システムが大きく違い 慣れるまで少々とまどう。


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Hvarのカフェ  たまたま 人の多い時間帯、、、 
 地元の人たちも のんびりカフェの時間を楽しんでるように見える。


つづく、、、 (次は もう少し田舎の島と 漁村の風景へ) 、、、、
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アドリア海 その2

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コンクリートの高層ビルや大きなホテルもなく Sobeと言われる民宿が中心。
海にも ごみなどなく 古い町並がいい感じで残されてる。 


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地中海式停泊方法 (カナダとはかなり違った停泊方式、)到着した順に並んで停泊していきます。 
この日のお隣さんは 地元のクロアチアとスロベニアの人たち。

カナダの西海岸のように干満の差が5メートルを超えるところでは この方式て停泊することは不可
カナダは干満にあわせて上下する 浮き桟橋になる 、、、ここはわずか50cmくらいなので これでも 大丈夫。 自然の入り江の停泊も おなじ理屈で碇を入れた時の水深が十分であれば 夜中に潮が引いて座礁!なんてことはない。



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マリーナの外側の海 

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ここの漁船はこんな感じの小型船が多い



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人口1677人の町 Komizaの風景 
この島には紀元前400年ほどまえから 人が住んでいる 


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夕暮れ時

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町中の路地 地元の人たち 散歩の時間、、、 時間がゆ~~~っくり流れてゆく

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航海中は地元の市場で食材を手に入れ自炊 と レストランの半々 マグロとタイを焼いてるとこ レストランではこの炭火焼が人気。


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今回のセーリングの旅では ベースのTrogirから 一番遠いとこで風も強い海域



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このあたりは 洞窟がたくさんある


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快適な風にも恵まれ 快走でした 空気が乾燥してるので洗濯ものもあっというまに乾いてしまう。
板はマリーナで上陸用に使う渡し板。

アドリア海 3さかな

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船から上がったばかり、、、 


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魚市場
えびは スキャンピという このあたりの名物 


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この日はイカとマグを買って 刺身で、、、、うまかった~~。

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アンコウ さば 深海魚も多い
大きめの街の魚市場は毎朝昼過ぎまで開かれている。


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地元のなべ料理

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よくある揚げ物 、、、うまい。


アドリア海 その4

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Brac島Milnaへ 入港   

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Milna島の散歩 丘の上まで いい感じの街なみでした 


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停泊中のヨットからの風景


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穏やかな表情の人々が多く 、、、 なんだか とても居心地のいい街でした
 

アドリア海 その5

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ロチスチェ 渋~~い 美しい静かな静かな村  

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店の営業時間で この村の生活のペースが想像できる。


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帰路 Torogirへ 

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Trogirへ入港 


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Trogir マリーナからの夜景  

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この国の印象は?と 聞かれたら 野良猫とCAFEと答える、、 それくらいCAFEが 生活に馴染み
野良猫たちが びくびくしないで 自然に風景に溶け込んでいる。 

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地元のおじちゃんたち専用のCafeって 雰囲気、、、
 


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ここ Split スプリットは都会で おしゃれな街がだが 乳母車の女性たちも こんな感じでCafeTime 


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遺跡の中にも Cafeがある。 

 


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ボスニア

クロアチアの隣の国ボスニア 15年ほど前はユーゴスラビアという同じ国だった正式
な名称は  ボスニア・ヘルツェゴビナという  
すごく雑に国境を書くと この黄色の線のような感じ。 

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クロアチの港街 おしゃれで明るい雰囲気のスプリットのバス停をで出ると
3時間ほどで 国境へ付く 
出国と入国の別々の係官が 順にバスへ乗り込みパスポートの検査をする
(ちなみに最近 ユーロの国々に行かれた方は ご存知でしょう
陸路でのユーロ内の移動はまったく パスポートの検査がない ゲートすらない) 

ボスニアに入るとすぐに バスのドライバーも替わり バスも乗り換える
雰囲気がずいぶん 違ってくる、、、、 建物には銃弾のあとが残り 
ごみも増え すさんだ印象をうける。

途中 イスラム教のモスクも見え始める、、、、

ボスニアの モスタールの街へ着くまえに 突然検問があり あと20キロほどだが  
このまま前進は不可と 言われる、、、、、、と言っても 言葉(英語)が通じないので
なにが起こったのか わからない バスは引き返し始めた、、、、 
しばらく 走って バスの中のボスニア人らしき人に 状況を身振り手振りで 尋ねると 迂回路を通るらしいという、、、 山道を延々と上り かなり迂回しモスタールの街が 見えてきた 、、迂回したおかげで街の全景が山の上から見えた、、、 念のためこの日は宿の予約をして バス停に迎えにきてくれる約束をメール上でやっていたが、、、、、バスは3時間ほど遅れて着いた、、、、、、 私の名前を書いた紙をもって おじさんが待っていてくれた、 ここは地元の言葉以外は ドイツ語がよく話され 英語はほとんど通じない、、、、このおじさんがドイツ語で説明してくれる、、、、わかったようなわからないような、、、私のドイツ語は数字とこれは何 あれは なに、、という言葉がわかる位だ、、、宿へ向かう途中の壊れた建物を見ては 身振り手振りで ボ~ン ボ~~ンと 爆撃が毎日毎日続いたよ、、、と説明してくれる、、、
そしてやっと ここ数年で 平和がもどったんだ~~ そんな話を聞きながら 宿へ、、、 



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宿は旧市街の中心地で とてもいい雰囲気の場所にあった 宿に着き 隣の壁をみると 銃弾の跡 そして前の建物も銃弾の跡がある 


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この地区は 1995年に戦争が結し いまは クロアチアと同じように 復興しているかも という 予想は大きく外れた、街の三分の一くらいの建物は 銃弾の跡や 壊れたままだ、、、  

カナダの軍隊がこの戦争には国連軍という形で長年にわたり参戦しており 時折ニュースで悲惨な戦争だとは聞いていたが、、、実感がなく 遠い国の出来事でしかなかった、、、、



街の散歩に出かけた
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街角の銀行や劇場は戦場の中心になり ほとんどが壊れたままで 廃墟となった建物の中に十年の年月が経過したことを語る木々がすでに育っていた、、、、、 
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窓は修理され人は住んでいるが 外壁はまだ、、、
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実はちょうど この旅に出る前に縁があり この戦争のトラウマでカウンセリングを必要とする
心理的な障害をもつ少年少女たちが多くいることを聞いていた、、、

遠い国の出来事だったが  この旅を機会に この戦争のことをほんの一部だが知る機会をあたえてくれた、、、 ウィキペディア(Wikipedia)の記事で これを鵜呑みにするのも 危険だが ある一面から見た事実の一部だろう、、、

Googleでボスニア戦争と検索すると 、、、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%B4%9B%E4%BA%89

以下 記事内容一部紹介

ユーゴスラビア解体の動きの中で、ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立を宣言したが、独立時に約430万人の人口のうち、民族構成の33%を占めるセルビア人と、17%のクロアチア人・44%のボシュニャク人(ムスリム人)が対立し、セルビア人側が分離を目指して4月から3年半以上にわたり戦争となった。

両者は全土で覇権を争って戦闘を繰り広げた結果、死者20万、難民・避難民200万が発生したほか、ボシュニャク人女性に対するレイプや強制出産などが行われ、第二次世界大戦後のヨーロッパで最悪の紛争となった。

、、、、、、

「民族浄化」とは、異民族を排除し、ある一定の地域を民族的に単一にしようとする政策である。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争において、各当事者はそれぞれ自民族の勢力圏を拡大することを目的とし、紛争は「陣取り合戦」の様相を呈していた。このような中で、安定的な自民族の勢力圏を確保し、支配地域から不安要因を取り除く目的で、自勢力の支配下に住む異民族を排除し、勢力圏を民族的に単一にする「民族浄化」が行われた。

「民族浄化」は、異民族に対する各種の嫌がらせや差別的な待遇、武器の没収、資産の強制接収、家屋への侵入と略奪、見せしめ的な殺人や強姦によって、その地域の異民族が退去せざるを得ない状況に追いやる方法や、強制追放、強制収容、あるいは大量虐殺によって物理的に異民族を地域から取り除く方法がとられた。

従軍可能年齢にある男性は各地で集団殺害や強制収容の対象とされた。また、女性らは強制収容後、組織的に強姦を繰り返し、妊娠後暫くしてから解放することによって出産せざるを得ない状況に追い込まれた。家父長的な男権社会の影響が残るボスニア・ヘルツェゴビナの村部では、女性を強姦によって妊娠させるこの方法は、効果的に異民族を排除する方法として用いられた。

ボスニア・ヘルツェゴビナでは、それぞれの民族の間のわだかまりは根強く残っている。紛争のさなか、特にセルビア人による蛮行が大きく報じられ、セルビア人を取り立てて悪とみなす論調が広まった。一方でクロアチア人やボシュニャク人も、少なからざる虐殺や強制連行などの蛮行を行っていたことが証明されており、セルビア人だけが非人道的行為に及んでいたわけではない。


スレブレニツァの虐殺

1995年7月6日、ムラジッチ率いるセルビア人勢力は、国際連合の指定する「安全地帯」であったスレブレニツァに侵攻をはじめ、7月11日には中心部を制圧した。7月12日には、セルビア人勢力はスレブレニツァに居住していたボシュニャク人の男性すべてを絶滅の対象とし、8000人以上が組織的に殺害されるスレブレニツァの虐殺が引き起こされた。スレブレニツァの虐殺は、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷および国際司法裁判所によってジェノサイドと認定された。

以上 記事転載 



、、、、、、、、


  
世の中にある 戦争のほとんどが、、  *自分たちこそが正義* と いう理由で悲惨な戦争を繰り返してきたように おもう。 そして天使と悪魔の二面性を持つ 我々人間は 正義を理由に時に悪魔となってしまう。



 ドキュメンタリー映画の
  お知らせです 
 

YahooやGoogleの検索で OFFICERAFT QUA と入れると (地球のステージありがとう)という 映画の紹介がでます。 1月31日から 東中野ポレポレ映画館(たぶん小さな劇場)で 上映が開始されます。世界中の戦場で たくましく暮らす子供たちを 捉えた映画でこの監督とは 5年ほどまえに 東京書籍(英語教科書)のドラマ化で Vancouverにて ひと月ほど一緒に仕事をした方です。 日本の子供たちには 自分たちがいかに恵まれた条件の中で 過ごしているのかを気づかせてくれ、 悪条件の元でたくましく 生きる子供たちに 逆に励まされるだろうと おもう映画です。 自分で見てないので評価はできませんが、、 特に子供たちは きっといいメッセージを受け取れるとおもいます。
http://www.officeraft-qua.co.jp/porepore.htm 


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ボスニアの事情を説明してくれた お店のご主人  

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ここの戦争も 民族や宗教が問題で始まった戦争ではなく 
その潜在意識を プロパギャンダ 政治政策で 人々を巧みに操り 戦争へ導く 闇の権力組織だと。人々は言う。   
   

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長年共存してきた異民族が 橋を通り 行き来をしていた
この橋も銃撃戦の中心となってしまい 橋は破壊され 
 2003年に復元された
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政治的なメッセージが書かれてある
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アパートの半分だけが 直され 半分はまだ弾丸のあとが残っている
ボスニアの人々の心はちょうど いまこんな感じなのかもしない
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みんなが手つないだ絵に 願いがこめられてるように感じた
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クロアチアの街

魔女と空飛ぶほうき

クロアチアのおみやげ、、、
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この空飛ぶほうきに乗った魔法使いの人形と、、、 
犬を追っ払うおばちゃんの光景がなぜか重なって見えた、、、
、、、、宿の2階から見えた 平和なある日のひと時でした、、、

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クロアチアの街、、、
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クロアチア南部 ドブロブニクの旧市街 
はっと するくらい美しい街、、、、 

この街も 海からそして この山からの爆撃を受け 多くの家が破壊されている 
YOU Tubeにも 当時の迫撃の様子が映像で多くある。

泊まった宿のご主人の話で、、、 私はたまたま 
遠くの島に親戚がいて子供たちと疎開していて助かり 
家も残ったので こうやって宿が出きるが 
隣も隣も 爆撃で破壊され亡くなったという 話でした。

山へ上がる途中にも いくつも 十字架が置かれ 
花が飾られてあった。おそらく戦争でなくなった方への弔いの意味であろう。

その後の 市民の努力で街は戦争の面影をまったくみせないほど 
美しく回復していた。
活気もあり 平和な観光地に姿を変えていた。


完璧するぎくらい 綺麗な街で 生活感がないという
意見もあるが この国の戦争の歴史を考慮すると すばらしい復興だと おもう  
さらに20年 30年の年月が過ぎると 新しいレンガがまた 渋い色合いに変わるだろう。



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街作りのセンスの良さには 圧倒される。

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屋根の色の違いを見ると 戦争まえの瓦と 戦争の跡 
修理されてものとの違いがよくわかる。



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押し売りもなければ 値段をごまかすようなこともなく すりや引ったくりなどもなく  
そういう緊張感をもたないで旅ができる国だ。


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旧市街の中心の通り 余計な看板もネオンサインもなく この街のセンスの良さ、、 
居心地の良さ、、、カフェで のんびり道行く人を眺めているだけでも 楽しくなる街だ。 


西欧からの投資が目立ち始め 物価の上昇など これから人々の旅行者への
対応も変化してゆくかもしれない。 
短期の経済成長と利益だけを追っかけた街が 
張りぼてのテーマパークのようになり魅力をなくしてゆく街が世界中にある、、、
、 これからも 野良猫がのんびり安心して暮らせる 街であってほしい。


、、、、、、







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テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

カナダの海プリンセス10年6月

カナダのフィヨルド、、、 プリンセス ルィーザ インレット
2010年 6月 
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Egmont marina
Egmont marina 停泊中 




Dufor
今回使用したヨット フランス製 Dufor 39feet 
以下 内部の様子 外観では想像できないほど
生活に要する設備が整っている。 

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船内のレイアウト Dufor 39feet 
トイレが二つ ヨット用語では ヘッドという。

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船内 中央のスペース 

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キッチン ガスレンジにオーブン 流し、、食器などの収納 に冷蔵庫。



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トイレとシャワー

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前の部屋 


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後ろの二部屋 の一つ  


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プリンセル ルィーザへ向けて 途中の風景
ジャービスインレット 氷河期には2000メートルほどの厚さの氷の 移動で削られた地形 


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プリンセス ルィーザ 入り口 干満の差が5mを超えるため 海流は早い 
海流が止まる時間帯を選んで 入ってゆく 
ここから 奥まで さらに 1時間ほど かかる。

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プリンセス ルィーザ 初日の停泊地   霧がよく 似合う風景

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奥の壁に 氷河や雪解け水がながれてるのが わかる 


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停泊地 反対側の風景 周りは1500~2000メートルの山が迫っている 
深い入り江のため もちろん 揺れることは ない、 まるで しずかな湖のような感じ


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翌日 さらに奥へ 


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晴天もいいが ここは 霧がよく似合う 




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いちばん奥にある 滝がみえてきた。
昨年8月の滝の水量にくらべるとい やはり 雪解け水のせいか 6月は水量が多い

右手に15隻ほど 停泊できる 桟橋がみえる 

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クラシックで大きめのヨットには10代の子供たちが多く乗っていた。


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どんなところでも 水上飛行機を見かけるのはこのBC州西海岸の特徴 
滝の水がパイプで引かれ 水の補給ができる ミネラル分が豊富な水だろう。





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州立海洋公園に指定され 開発などが 禁止されている。
ここから見える人口的な物は 桟橋だけ 360度 自然のまま。

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散歩道を歩いて 滝のそばまで、、、 


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ラズベリーの季節


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周りの風景が あまりにも多きいため 遠くからはそれほど 大きく見えない滝だが 
近づくと 迫力いっぱい、、。


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思い思いに 自然を楽しんでいる 騒音をたてながら 走りまわる ゼットスキーや高速のモーターボートはここには 似合わない。
  
ゆっくり流れる時間 空気や 滝の流れる音 、、そんな空間を全身で感じて 楽しんでいる。
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翌日 滝 正面の停泊地があいたので ヨットを移動し ベストスポットへ 


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プロフィール

はぐれ雲 ys

Author:はぐれ雲 ys
風の吹くまま 
気の向くままに、、、 

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