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グアテマラ 2 入国

いよいよグアテマラへ 、、、

* 動画の再生後に他の映像が出ますが 後半の説明で出て来ますので 
再生後は下へ 進んでください。



旅を人生の日常としてる友人たちもいて
今回は既にグアテマラを訪れてる友人たちの貴重な情報も参考にさせてもらった。
 
これまで 長期の旅に出て 途中でのトラブル その後の経済的な問題 仕事の準備の遅れ いろいろな問題が
起こるが その経験から学ぶことや貴重な感動のシーンが残ることはあっても 
その旅そのものを後悔した事は いまのとこ一度もない、、、、。


カナダからは 比較的近くて、、、でも、、なかなか訪れない 遠い国 

、、 いよいよグアテマラへ、、、、、


SP-2.jpg
左手の青い矢印がルート 高原地帯で 1500~2300メートルあたりをバスが走る。



大きな地図で見る




Mex-Gu 003
メキシコの出国手続きを終え、、、 グアテマラとメキシコの中立地帯 ここでグアテマラの入国手続き、、、。



Mex-Gu 005
後ろを振り返ると メキシコ側のサイン




この国境で見かける人は ほとんどがバックパッカーか
地元に住んでる外国人がビジネスやビザの更新関係で移動してる。



Mex-Gu 008
ゲートの向こうはグアテマラ、、騒然とした、、 グアテマラの国境らしい雰囲気だ、、。
お~~ 来たな~~と 実感する時!。





グアテマラから着たバスに無事に乗り換え 国境の町を走る。



600px.jpg

Wikipediaの資料では

言語は公用語がスペイン語で、国民の6割程度が使用している。残りの4割は先住民族の言語を使用する。地方では特に21種類のマヤ系言語が用いられている


紀元前400年ころからマヤ文明が栄え、特に8世紀はマヤ文化の絶頂期であるといえる。現在も国民の過半数はマヤ系のインディオであり、メキシコを除いた中央アメリカで最も人口の多い国である。経済的にはエルサルバドルと共に中央アメリカの中位グループに属するが、1523年に現れたスペイン人の征服者、ペドロ・デ・アルバラードは、1524年にはこの地域を征服した。

、、、、、

1944年から1954年まではグアテマラの春と呼ばれ、自由な空気の下に、各種の民主的な社会改革が進められた。

グアテマラ建国以後の歴史は、革命、クーデター、非民主主義政権、特にアメリカ合衆国からのさまざまな内政干渉に彩られ アメリカ合衆国はグアテマラ軍上層部の支援を得て、1954年、PBSUCCESS作戦と呼ばれる政府転覆を実行し親米独裁政権が生まれたが、これはグアテマラに長い動乱の時代を招いた。

1960年から36年間続いた内戦によって25万人が犠牲になったグアテマラでは、一般の犯罪や暴力団による殺人で、2008年には6,232人が死亡している。また、誘拐では400人以上が誘拐された。治安や政治においてグアテマラ社会は未だに不安定な状態にある。


グアテマラの治安は世界159番目である。毎日約20人が殺害され、危険極まりないため、投資、企業進出には向かない。

、、、、、、、、と こんなことが書かれてある!!!(世界には約190ヶ国しかないのに、、、)もちろん外務省のサイトにも同じようなことが書かれてある。 さてさて どうなることやら、、、、、。


Mex-Gu 011
途中のバス停、、、いよいよ グアテマラの民族衣装を着た 女性たちの姿が見える




スペンゴを学ぶめに滞在する 目的地のすぐそばの湖が見えてきた 
やってきたな~~~と 気持ちが 高揚!、、、。こういう時の気持が旅の醍醐味でもある。
時間をかけて やってきたからこそ 感じる気持ちだろう。



Mex-Gu 013
Panajachel(パナハッチェル)バスが着き 最終便の船で30分 
SanPedro La Laguna(サンペドロ ラ ラグーナ)へ



map_lakeatitlan.jpg
今回のこの町の選択も些細なきっかけ、、、
人生も 出会いや ハプニングで 想定した予定が変わるように 旅も予定がどんどん変わってしまう。
このバスで同席だったオーストリア人の男性から 6年ほど サンペドロ ラ ラグーナに住み仕事をしている。 
この町の 生活の様子 問題点 良さ 治安 地元の人たちとうまく共存するための考え方、、、
そんな 貴重な話が聞け 彼の親切な案内もあり 一気にサンペドロ ラ ラグーナへ、、、、
(通常 知らない土地で 夜歩いての移動や宿探しはできるだけ避けるのが無難)






Mex-Gu 019
夕暮れボートにて サンペドロ ラ ラグーナの町灯りが見えてくる、、、
これまでの いろいろな 想いが募る瞬間だ。



 
夕暮れ時 ボートにて、、、


San P 017
町の雰囲気を描いた絵 、、、いい雰囲気が出てる。


やど

宿からの風景 
約3ドルのこの町最低価格の宿からの風景! 4畳半ほどの広さで質素だが シャワー トイレ付き個室。


San P 010

町を歩くと まずコーヒーの実が 目につく、、、、そう ここは有名なグアテマラコーヒーの産地なのだ。


San P 034
長期滞在には欠かせない 市場の見物、、、なかなか
豊富な食材とカラフルな地元のマヤ人の衣装、、、
前評判の *とても危険なグアテマラ、、、?、、、少なくとも ここは平和な雰囲気、、、、。

この町の95%は マヤ人 

San P 052
町の一部に外国人向けの店が集まる 地区がある internetも発達していて なんの問題もない。






カナダでスペイン語のクラスを受講したことはあったが 週に1度程度で集中してないので まったく上達しなかった。

なぜ いまさら スペイン語か? 英語がそこそこに喋れれば十分ではないかと
いう考え方もあるが、、、旅をすると 世界には 英語がまったく通じない国がものすごく多いことに気がつく
スペイン語だけでは もちろん問題の解決にはならないが 世界の中でスペイン語の国は多く それに スペイン語圏の国々に興味があるという自分なりの理由で 今回の決断となった。  

もちろん 新たな言葉が 3ヶ月程度で 理解できるようになるほど 甘くないことは いまでも四苦八苦する英語でいやというほど実感させられてる。語学の勉強など どんなレベルでも きりがないこともよくわかっている、、、、しかし 集中すると *まったく理解できない* から なんとなく少しわかるぞ~という ある壁を越えられることも 英語で体験している。


San P 3 012
あらかじめ 2週間だけ 申し込んでいた学校へ、、、 なんと 美しい景色 !!!
予想以上の環境の良さに 驚きながら、、、、








San P  3 009
こんな 教室って 贅沢!、、、、 高校の時も教室の窓から横は海で 授業の黒板より海を眺めてたな~




San P 7 +Sd 112、 
教室、、、、こんなのが20棟ほど ゆったりとした自然を生かした庭園のような、、、 
 清潔な環境の中にある。 シンプルでもセンスの良さを感じながら、、、、、




スペイン語学校の風景 、、、休憩時間、、年齢も国籍もいろいろだ 大学でスペイン語を学んだ人もいれば 自分のようにほとんどゼロの人もいる、
個人授業だから どんなレベルでも対応してくれる。
休憩時間Tea Time で 地元のおやつが出てくる。



San P  3 001
外側はコーン 中にあんこに近いものが入っていて  薄いどら焼きみたいな?、、、、


San P Cici 017
 休憩中の おやつが日替わりで変わる いずれもこのあたりの 代表的なおやつ


San P 3 001
中に肉や野菜がはいって 揚げ餃子みたいな感じ、、、。
市販のクッキーとかではなく すべて地元の手作りスナックで 名前も内容もよく訳がわからないけど
、 、ありがたい。 
 

San P 2 015
休憩時間 なんとも平和で優雅で シンプルな世界、、、、 

気候も快適!

個人指導で 男性には女性 女性には男性の先生を付けてくれる、地元のマヤ人が先生 
クラスからの 優雅な風景、、、
先生たちは 普段現地のマヤ語とスペイン語がメインで英語の理解度も人それぞれ、 基本はスペイン語と英語のmixで授業は進められる。


San P 2 016
先生たち、、、、 休憩中、、彼女らの服はこの町の色合い、、、
 
、、、、と 滑り出しは 順調、、、、、、。


、、、、、、、、、

次のチャレンジ、、、開始
スペイン語を学ぶことと地元の生活を少しでも理解するために 学校のおすすめである 紹介されたホームステイ先へ
スペイン語が理解できない状態での いきなりのホームステイ これまた どうなることやら???、、、 

San P 2 009
ホームステイ先のお宅の庭



San P 2 008
ホームステイ先の2階の部屋 ここがこれから2週間 3食付きの 住処となる 
4畳ほどの広さに 机とベットがある部屋 部屋は質素だが 十分に清潔。


San P Cici 006
庭と洗濯場 子供たちも自分の洗濯ものは自分洗っている


San P Cici 036
キッチン 、、、ここで全ての料理をする。
自分の子供のころ 5歳くらいまでは 薪のかまどで 米を炊いてたのを思い出した、、、。。




San P 2 024
庭のライムとオレンジ  これで毎朝ジュースを作ってくれる。






San P Cici 028
家庭料理  瓜の一種だろう 市場でもよく売っている。




San P Cici 010
コーン  、、、このお宅のご主人 農家の親戚からもらった コーンを選別してるとこ。
この国の主食はコーンであり トルテイヤである どんな料理の時も必ず出てくる。
 米は付け合わせ的な存在。


San P 2 029
コーンの絵 スペイン語でコーンは マイース 、、よく使う単語。



San P 3 017
早朝の主婦の仕事の始まり、、、


San P 3 019
一晩水に浸けた(または茹でた)? コーンをペースト状にしてもらう機械へ、、、朝はいろんなところで この機械が回る音が聞こえてくる、、、



San P Cici 039
朝食 取り立てのオレンジジュースに 
まさかこんな朝食を作ってくれるとは フルーツ好きとしては 嬉しい限り、、、。


質素だけど 心のこもったもてなしと ほのぼの家族 素直に育つ子供たち、、、
ここを 去る日は テレビのウルルン紀行の最終日と同じで 
まだスペイン語をうまくしゃべれないので紙にお礼の言葉を書いて読みながら挨拶、、、ウルルン気分でした。



San P 2 026
この時 たまたま 同じホームステイ先に滞在した フィンランド人の若者 
すでにキューバに3ヶ月学生として滞在し同じ 学校でスペイン語のクラスをとっている。 

フインランドでは 携帯電話のセールマンで 会社では一番の売り上げ成績だったが 
そのためには おばあちゃんにまで 必要でもない機能の電話と契約を売り続ける宿命の自分がむなしくなって 、、
旅に出たという 、、、、そんな彼の好きな話、、、漁師と旅人、、、

同じ内容の話をサイトから お借りしました 大まかな同内容の日本語訳は次に

The story of the Mexican Fisherman
By erwinOn January 4, 2011View Comments

This is one of my favorite short stories EVER. I hope it can impact how you view your life. Enjoy:

“An American investment banker was at the pier of a small coastal Mexican village when a small boat with just one fisherman docked. Inside the small boat were several large yellow fin tuna. The American complimented the Mexican on the quality of his fish and asked how long it took to catch them.

The Mexican replied, “only a little while.”

The American then asked why didn’t he stay out longer and catch more fish?

The Mexican said he had enough to support his family’s immediate needs.

The American then asked, “but what do you do with the rest of your time?”

The Mexican fisherman said, “I sleep late, fish a little, play with my children, take siesta with my wife, Maria, stroll into the village each evening where I sip wine and play guitar with my amigos, I have a full and busy life.”

The American scoffed, “I am a Harvard MBA and could help you. You should spend more time fishing and with the proceeds, buy a bigger boat with the proceeds from the bigger boat you could buy several boats, eventually you would have a fleet of fishing boats. Instead of selling your catch to a middleman you would sell directly to the processor, eventually opening your own cannery. You would control the product, processing and distribution. You would need to leave this small coastal fishing village and move to Mexico City, then LA and eventually NYC where you will run your expanding enterprise.”

The Mexican fisherman asked, “But, how long will this all take?”

To which the American replied, “15-20 years.”

“But what then?”

The American laughed and said that’s the best part. “When the time is right you would announce an IPO and sell your company stock to the public and become very rich, you would make millions.”

“Millions.. Then what?”

The American said, “Then you would retire. Move to a small coastal fishing village where you would sleep late, fish a little, play with your kids, take siesta with your wife, stroll to the village in the evenings where you could sip wine and play your guitar with your amigos.”

So many people are so busy trying to keep “climbing the corporate ladder” only to find that they missed what matters most in their lives. I read this quote once by Robert Frost: “By working faithfully eight hours a day, you may eventually get to be a boss and work 12 hours a day.” If you can’t enjoy the money you make, then what’s the point?



日本語訳はこちらで、、、、サイトから お借りしました


メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、

「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

すると漁師は

「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が

「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、

「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、女房とシエスタして。
  夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。

「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、きみにアドバイスしよう。
 いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。
 お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
 その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
 そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
 自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
 その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
 ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
 きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。

「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」

「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」

「それからどうなるの」

「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、

「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」

「それで?」

「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
 日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、
 子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
 歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」



、、、と こんな 話でした、、、。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


最近カナダでも Sustainable (環境を破壊しないで継続可能な)という言葉が よく使われるようになってきた、、、、

、、この 話は カナダに7千年もまえから つい最近まで いまの生活に必要なものしか獲(採)らいない という原則で 自然と共存し生活してきた先住民の生き方と似ている。 
しかし、、、、
北極圏へ テレビ番組の取材で行った村も やはり 同じように石油大資本の介入 外部からの乱獲のなどで 魚や動物の減少、、、、さらに自然環境の変化、、、で 従来の生活が継続不可能な状況にある。。。。

この後訪れることなる
マヤ遺跡の 都市は 高度な文明を築き 多くの古代文明社会が歩んだ 
自然環境の変化をもたらし 自己崩壊の道へと進む。

どんな社会構造にも思想にも 良い面と問題はあるが、、、
、、、、いずれにしても この釣り人と旅人の話は資本主義的発想の おもしろいポイントをついた話。






San P Cici 019
ホームステイ先から見える 通りの風景  女性の多くが 優雅でエレガントな印象  



San P 2 011
スペイン語学校の仲間たち、、、休憩時間


San P 2 003
毎日変わる ミニ教室 


スペイン語のレッスンは まずまずのスタートと喜んでいた、、が、、、、、、
       言葉の  は厚かった、、、

一日4時間 個人レッスン  気軽に楽しく 、、、のはずだったが だんだん
厳しいカリキュラムで 進んでゆく、、、一人だから 居眠りも 一瞬ほかのことを考えることもできない
落ちこぼれの 受験生気分、、、もともと 語学の才能が無いことは自覚してるけど
こりゃだめだ~~~ この年齢では 遅すぎたのか、、、などと 弱気になる。

2週目の後半では 脳が完全にオーバーヒート、、、
ひと月は連続で学ぶ予定だったが 少し休憩を入れて 復習しないと、、、、、とほほ~ (x_x;)
、、、。

続き、、、


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テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

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It's an amazing piece of writing for all the online viewers; they will get benefit from it I am sure.
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