スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ひとり言 発想の転換

街のサインや 電車の広告に、発想の転換のヒントを見ることがある。
その1 旅とは、、、なかなか いい言葉を東京の電車広告に見つけた、、
IMG_3931 - バージョン 3
自分なりの解釈は 旅とは 、、違った価値観に触れ 新しい視点があることに 気づく 、気づかせてくれる。
そのためには それを受け入れる 心の柔軟性が不可欠かも。



大手旅行会社の旅の添乗員 20年
スキーガイド 20年
そして 現在まで 個人的な 旅、 山歩き、シーカヤック、ヨット、、、など いろいろな形で
人を案内してきて 思うこと、、、
案内する側としては 毎回 天候も含めあらゆる条件が 好条件であってほしいと願いながら 案内する。
しかし 美術館や遺跡をめぐる旅とは違い 特に自然が相手の旅案内 吹雪もあれば 雨や 嵐も ある。
目的の物が見えないときもある
すべての 条件が絵に書いたように良ければ 皆 より良い思い出の旅になるかというと 意外にもそうではない。
これまでの 皆さんの旅の感想からも それが 理解できる。
雨が降らなければ 虹ともめぐりあえない 霧がかかり わずかに覗いて見えた風景がとても幻想的だったりする。

永い人生と同じで 世間が言う 好条件だけで生きてきた人生より 大波小波を乗り越えてきた人生のほうが
より多くの事を学び 人の気持ちをより理解し より 深い充実感を感じるのではないかと 思う。

旅とは もともと 日常を離れた バック一つで生活をする 不便な行為 そのシンプルな身の回りのもので
ほとんど 選択の余地がない ある意味 断捨離の状況になる
生活習慣も食べ物も料理も日常とは違い 違和感を感じることも多々ある 、、、
予定外の出来事が次々と起こり 四苦八苦したり 気持ちが落ち込むこともる
しかし それが 日常を離れた 旅の深さであり 面白さでもあり 新たな発見でもあると同時に
自分自身の新たな発見でもある。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、





その 2
都会は実は絶好のトレーニング環境
意外にも自然に囲まれた田舎の人は 300メートル以上は歩こうとしない人が多い。 
できるかぎり車やスクーターで移動しようとする、、
都会は駅のエスカレーターやエレベーターはいつも人でいっぱい
恐らく 当たり前のようにエスカレーターのほうに吸い込まれてゆくのだろう。 
あぁ〜 階段疲れるいやだ〜と思うか おぉトレーニングできる 空いてて快適と思うか 発想の違い。
IMG_3975.jpg
〜そのことに 気付かせてくれる素敵なサイン  足腰がしっかりしてれば 元気でいられる可能性が高い 
元気でいれば ご飯が美味しく食べられる、、などなどなどなど、、 利点はいっぱい
最高の ごちそうとは 一流レストランのグルメ料理ではなく 健康で腹ペコであることだと 思う。
IMG_0632.jpg
東京滞在中よく使う 京葉線 東京駅の階段 こんな階段を見るとワクワクやる気が湧いてくる
おまけにいつも空いてる。

その3
人の多様な幸福感のなかに
、、達成感というのもある。
IMG_1845.jpg
電車の広告より

世界の超一流のスポーツ選手は(イチロウ〜にしても) 最高のパフォーマンスを発揮するために 寝食が最優先される、 我々も 最高のパフォーマンスを続けるためには この原則が大切、、、ただ 気がついたら 寝食忘れてたってくらい
集中することは とても良いことだと思う。好きなことにチャレンジすると人の集中力は倍増する。



ときには 挫折や四苦八苦 疲れて立ち止まることもある。
IMG_1937.jpg
そんなときは 、、こんな気持ちを 大切にしたい。




原稿依頼

高校の同窓生より 高校時代の思い出や海外での「体験を元に 同窓会誌に記事を書いてくれという依頼があり 
、、、自分のやって来た事は ただひたすら心の思向くまま 自由気ままに生きてきただけで
社会的に貢献したわけでも なにかを成し遂げたわけでもなく こんなので いいの?
 、、という疑問も投げてみたけど、、、それでも良いという事で、、、
これまでの仕事や体験の中で印象的だったこと 自分なりに感じたことを書いてみました。
 


以下 投稿内容。

高校時代の思い出と言えば、、、
ちょうど 佐世保でベトナム反戦運動をめぐり高校生までも デモに参加し 退学者が多く出ていた時期
我々のクラスでも 幼いながら政治経済 倫理社会の授業では 白熱した議論が終わらず 次の授業のベルがなるまで続いたのを覚えている。

海外の現地情報がほとんど手に入らないその頃 それでも 夢はどんどん膨らみ 何とかして海外を旅をする方法がないか試行錯誤していた。

東京での学生生活中(1974年頃)社会人になる前に 世界をこの眼で見たいという好奇心から 3年ほど旅をする計画で その資金を得るために新宿の工事現場でアルバイトをしていた。 
その頃出会った猶興館高校(母校)の先輩の紹介で幸運にもカナダのカメラ会社へ就職 
東部の街トロントで3年の契約期間を終え 
カナダの西へ旅し その自然の美しさに魅かれ 西海岸の街バンクーバーとロッキー山脈バンフでの生活が始まる。


20歳になるまでスキーの板さえ見たことなかった自分がスキーを仕事にしスキー場に冬季24年間暮らす事になるとは 全く予想しない人生の展開となった。

写真 インストラクター仲間 ロッキー山脈のバンフにある クラブスキー スキースクール
IMG_0045 - バージョン 3
カナダ全国から集まったインストラクター仲間との出会い。


IMG_0060.jpg
オーストラリア やアメリカから休暇でやってくるスキーヤー 、今でこそ人々の意識は大きく変わったが 35年ほど前( 1970年代後半)は スキーなどやるはずがない東洋人がなぜ 私の大切な休暇のインストラクターで英語の下手な東洋人なのか ?と疑問 を持つのは 当然 逆の立場に立って考えてみるとそれも納得できる。
カナダに住んでるインストラクターで有る前に自分は遠い国から来た東洋人で有る事を実感させられ その状況下ではマイナスからのスタートとなる、それでも多くの人たちが1週間のレッスンの後には 偏見を越え 楽しかった〜 オーストラリアに来たら 是非うちに遊びに来てくれ何日でも泊まっていったらいいよと住所を残してくれたり 帰国後わざわざ写真を送ってくれたり 、、、やれば出来る 気持ちは通じると自信がついた体験であり、20代中ば 無我夢中なチャレンジの時期でもあった。

その後は インストラクターの経験を活かしスキーガイド & スキー映画の撮影に関わった。
その他 日本からのテレビ局撮影隊の案内(撮影コーディネーター)役では カナダ人でさえほとんど訪れない北極海沿岸の村々の撮影も体験出来、
北極星が真上に見え 北極グマが村を歩き、イヌイットの暮らしを拝見し 一緒に凍ったトナカイの生肉を食べ 空一面のオーロラ、 極夜と言う終日太陽が全く上がらない1日 そんな極地での人々の暮らしぶりを体験をすることもできた。

v8 ~ 北極海 049
カリブー クジラ、、、

v12 ~ 北極海 043
極夜(白夜の反対)のうす暗い中 放置されたクジラの骨を撮影中 マイナス30℃ 吹雪。
太陽は一日中 上がらないが 昼間 4時間ほど ライトなしで行動できるほど うす明るくなる。
ここの最低気温の記録は マイナス55℃位。



グアテマラ

初回
中米のグアテマラへ旅した時は 現地のマヤ人が運営するスペイン語の学校へ通い2週間のホームステイを体験
家庭料理を家族と食べ 子供達が学校へ通う
そんな平凡な庶民の暮らしぶりに触れる

学校の経営自体が大手の外国資本ではなく地元のマヤ人の若者たちが自分たちで作った学校運営をしている。そんな若者たちからも彼らの想いや夢や価値観を聞くことができた。

その後ひと月滞在した 共同キッチン付き安宿では 世界中から来た長期(数ヶ月から数年)の旅人達と巡り会い じっくり色んな事を語り合え充実した時間を過ごすことが出来た 普通のホテルではこんなに密度の高い交流は難しい。

大国の利益の為に 数十年もの間 戦争状態にあり 迫害を受けていたグアテマラのマヤ人 今でも多くの傷跡と問題を引きずりながらも 自分たちの文化に誇りを持って生きてる姿を見ることが出来る。

IMG_3019_20150325113829ea8.jpg



ヨットと旅
長年慣れ親しんだスキー場での生活を13年ほど前に去り
長い間憧れでもあったヨットの操船を学び
カナダ西海岸の海をめぐり、5年ほど前には
アドリア海のクロアチアでヨットを借り旅案内が出来た 。
その後 隣の国ボスニアを訪れ 古都のモスタールへ
ユーゴスラビアの崩壊で 民族闘争が始まり 大規模な 戦場となり まだまだ戦争の傷跡が街のあちこちに残っていた
バス停まで迎えに来てくれた民宿のご主人の話からも毎日毎日爆撃が続き それまで共存していた国民同士が宗教民族の違いを建前に戦いを始め、集団虐殺集団レイプも各地で起こった悲惨な戦争 今だにその裁判は続いている。 街のビルはまだ半分は銃弾の跡が残っていて その悲惨さは今も人々の表情からもうかがえる
誰が悪い良いと言う事ではなく 戦争という極限状態が人々の心の狂気を招く事を実感させられる。
08 Cr 413
ボスニア モスタール 銃弾の痕がいたるところに残っている。 


南太平洋
2014年の秋は南太平洋の楽園と言われるフランス領ポリネシアの島々を訪れた。
素朴な島 ライアテア島にヨットのレンタルベースがありヨットでこの辺の島々ボラボラ島などを巡った。まさに南太平洋の楽園と言われるにふさわしい風景と人々の穏やかさだった。
IMG_3247.jpg



太平洋の島々の人々も大きく分けて グアム島の南から 赤道にかけて暮らす ミクロネシアン フィジーから西側の太平洋のメラネシアン ハワイ タヒチ トンガに暮らすポリネシアン
それぞれ言葉も 顔つき体格も大きく違っている
写真 カダブ島 (20年ほど前)人種的にはメラネシアンと言われる人たち
フィジーの本島からさらに飛行機で1時間ほど南へ飛んだカダブ島のさらに小さな島を訪れ
民宿の人たちと午後のひとときを過ごす
電気はないので朝日と共に活動が始まり
暑い時間帯の昼寝の時間を含めて 夕日と共に活動が終わる 酒は飲まない、代わりにカバと言う根っこのようなものをすりおろしそれをみんなで回し飲みする そしていい気分になり 楽器を弾き歌を歌い 穏やかにその日が終わるシンプルながら十分に幸せそうに見える生活。

IMG_0005_201503251138270d9.jpg



、、、世界には、いろんな暮らし いろんな幸福感があるなぁと思うひと時

多民族多人種共存国家カナダに40年あまり住み
各地を旅して行き着いた自分なりの結論、、、
勤め先は と 聞かれたら 地球と答える事にしている
そしてあなたは日本人かと聞かれたら、
日本の長崎県平戸という美しい島で生まれ育ったあなたと同じ地球人だよと答えることが今の自分にとっては自然な感覚。



これまで 自由気ままに生きるために払った代償は大きいが 自分にとっては体験という形で得たものも大きい。

価値観が違うように 旅の方法も楽しみ方も十人十色、、、

、、自分にとっての 旅の醍醐味とは 、、
自分の中のちっぽけな常識や価値観を見事に打ち砕いてくれる事、
その醍醐味を味わうためにも 自分の先入観やもの差しをできる限り捨て去ることを目標としている

年齢が上がると人は守りに入り より頑固になり そして意固地になる傾向がある、できればそうなりたくない。
より柔軟な発想を持ち続けるためにも、人生をより楽しむためにも、未知の世界への興味と好奇心、
そしてできる限りそこへ飛び込む勇気を持ち続けていきたい。





、、、、
 

日常の風景の中で 感じること、、、。

IMG_2269.jpg
好奇心、、大人になっても、この子どもたちのように 無心に好奇心の趣くままに遊べると
きっと 何気ない自然や日常の中でも ワクワクした気持ちで 過ごせるのかもしれない。
、、、童心 忘れるべからず、、。

日常の一こま 、、、幸せのシルエット
10997491_776185322476031_3789989531055400529_o (1)






、、、、、、、
スポンサーサイト
プロフィール

はぐれ雲 ys

Author:はぐれ雲 ys
風の吹くまま 
気の向くままに、、、 

カナダの海 世界の海 
アラスカ、 カナダ の自然
日々の人々の暮らしなどを
紹介します
e-mail
ys11kaze@yahoo.co.jp

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
Web page translation
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。