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平戸島の生活 

☆ 観光案内ではなく 自分の生まれ育った環境に対するする個人的な想いを表現したページです。




この辺りの海 広域では東シナ海であり 玄界灘ともいう 
このあたりは西海国立公園になる。

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生月島 ikitsuki 遠洋漁業の盛んな島  生まれた島で0〜3才まで 手前が平戸島

(今回 紹介の写真は2013年1月に撮ったものがほとんど)


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生月島から 


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4才から18才まで育った平戸島の南西側を見てる 右の遠〜〜くに五島列島の北部が見える
夕景が綺麗なところ。



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教会と寺が 共存する街 (仏教とキリスト教が共存する街とも言える。)

平戸 の読みは ひらと ではなく ひら です。 


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幸橋 元禄15年(1702年) 別名オランダ橋 平戸藩主雄香公が平戸の石工達に造らせたもので 平戸がオランダとの貿易港として栄えた頃の石造り技術を継承したもの。 この他に井戸や塀や家の壁にその当時の海外の技術で作られたものがある。



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坂道が多いコンパクトな街、、 この石畳を登ると、、、




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平戸の紹介には必ず出てくる写真スポット 教会手前の寺には実家の墓があり 帰郷の際ここも毎回訪れる。




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松浦藩の屋敷と資料館 そして 平戸らしい雰囲気のカフェがある 気に入ってる場所のひとつ。
中央にある白いカーテンのかかったとこが そのカフェ 
当時の松浦藩主になったつもりで 港の風景を眺めてみると また違った趣を感じるかも、、。



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左は 昨年 資料を元に復元された オランダ商館 




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海外貿易当時 灯台として使われた常灯の鼻 オランダ商館の前  
冬の海は透明度が高くて綺麗  少年の頃この辺りもよく泳ぎ よく釣りをした場所。



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オランダ塀と言う名前だが 、、、ボルトガルのリスボン郊外の街へ行ったとき 
上がアーチ形で全体がまったく同じ形式で作られたと思われる塀と石畳がたくさんあった。





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近くの島(大島 度島)へゆくフェリー 私が高校生のころは まだ橋がなく平戸の高校へ九州から通う学生たちは こんな感じのフェリーで毎日九州本土から通い、、、さらに遠い人だと バスに乗り 列車に乗り さらにフェリーに乗って通って来ていた。



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ウキペディアより
平戸島は遣隋使・遣唐使・遣新羅使の頃(600〜800年)から寄港地として利用され、
海外との重要な交通拠点となっていた。
平安期には「ひら」「ひらのしま」と呼ばれていて 鎌倉時代から「平戸島」と呼ぶようになった。

以下 平戸貿易 (郷土史 事典・長崎県・石田 保編より)、、
歴史をうまくまとめた文章で 資料お借りしました。m(_ _)m 

平戸は古い時代から、倭寇あるいは松浦党本軍の有力な根拠地の一つであり、長崎県北部における政治・文化の先進地であった。そのうえ中世末期には、南蛮貿易の中心地としてはなばなしく歴史の表舞台に登場することになる。時まさに、応仁の乱後の戦国動乱の風潮がようやく終結をむかえようとする時期にあたり、松浦党が各地に割拠した西肥前(長崎県北部から佐賀県西部にかけての一帯)においても、平戸松浦氏を中心とする新しい秩序がつくられようとする時期であった。

1550(天文19)年ポルトガル船の入港から、江戸時代の寛永18年(1641)に南蛮貿易港が長崎の出島に移されるまでの90年余間、平戸港には中国・朝鮮はもとより西洋各国の貿易船があいついで入港し、その繁栄ぶりはまさに「西の都」の名にふさわしいものであった。

この平戸港が対外貿易港として栄えた背景には、明人貿易の家王直の活躍があった。

『平戸浦には大唐より五峯(王直)という者が来り年久しく居れり。是をたよりて商売の唐人が諸国から入津した。その他外国の紅毛人またはイギリス人まで来り万珍器珍物満々となり、京、堺の商人その他諸国から来り、平戸にはたぐいなく西の都と申しける。』

以上は平戸松浦藩の古書「壷陽録」の一説であるが、王直こそが平戸港繁栄の基礎を築いた人物であることをよく物語っている。天文11年に平戸に定住した王直の活動範囲は広く、彼の祖国中国、さらには朝鮮、南方各地におよんでいる。彼は対外貿易のみならず、国内各地の商人や大名との接触も活発であったようで、内外の人びとの眼を肥前国平戸にむけさせた恩人といえる。

この平戸港に最初に姿をあらわした南蛮人はポルトガル人であった。天文19年、ドワルテ・ダ・ガマがひきいるポルトガル船が平戸に入港し、平戸白狐山城城主松浦隆信とのあいだに通商交渉が成立した。また、前年に鹿児島に上陸したフランシスコ・ザビエルもこの年に平戸に入り、こうして南蛮貿易が開始されるが、このことは、鉄砲伝来あるいはキリスト教伝来とともに日本の外交史上画期的なできごとであったといえよう。

しかし、ボルトガルがキリスト教布教の交換条件として貿易を行おうとしたのに対して、平戸松浦家(平戸氏)はあくまで貿易を主とするという互いの主張のちがいから、その後、平戸氏とボルトガル船とのあいだに宮前事件や福田事件などの紛争を生むこととなり、やがてポルトガル船は長崎へ去っていった。

ポルトガル船が平戸を去ったのち天正12年(1584)イスパニア船が平戸に来航するが、このイスパニア船も英西戦争の敗北により数年で平戸を去り、本格的な南蛮貿易は、さらにイスパニアののちに平戸に来航するオランダとのあいだで行われることになる。

慶長14年(1609)2隻のオランダ船が平戸に入港し、国書を将軍徳川家康に呈して貿易の許可書である朱印状を得ている。時の平戸領主松浦鎮信は、オランダとの貿易を積極的にすすめるために種々の便宜を与えているが、その一つにオランダ商館設置のための用地提供があった。

オランダ商館は、慶長16年平戸の崎方の町家22軒をとりはらった跡地につくられ、元和2年(1616)に防波堤ができ、さらに同4年には商館の民家50軒を移転させ商館を拡張している。

こうして壮大なオランダ商館が平戸崎方の波止場に完成し、以後寛永18年にオランダ商館が長崎出島に移転するまで30年間、平戸は南蛮貿易の中心地として栄えるのである。現在、商館の跡は国指定史跡「平戸和蘭商館跡」として保護されており、周辺にはオランダ井戸、オランダ塀、灯台跡、埠頭など在時をしのぶ多くの遺跡をのこしている。

オランダと前後してイギリスも慶長18年に平戸に来航し、イギリス商館が開設された。初代商館長リチャード・コックスは、当時徳川家康のもとで幕府の外交顧問をつとめた

ウイリアム・アダムス(三浦按針)を平戸にまねき、オランダとの貿易に勝利を期したが、十分な効果をあげることができなかった。やがてイギリス本国の外交方針の転換によって平戸撤退を余儀なくされ、平戸イギリス商館は文和8年閉鎖されることになる。今はわずかに、コックスが日本ではじめて移植栽培をしたと伝えられる甘藷畑が県指定史跡として河内(平戸市河内町)にのこされ、わずかにイギリスとの関係を伝えている。

このように、平戸はポルトガル船の入港以来約一世紀のあいだ、日本最大の南蛮貿易港として繁栄しその盛名を内外に示したが、江戸幕府の鎖国政策によって貿易港としての機能を失ない、その後は肥前国松浦藩の城下町としてのたたずまいを保ちながら、現在にいたるのである。

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リチャード コックス 
400年前 この小さな港に各国の船が碇泊し まったく違った文化と衣装の人たちが 日本人に混じり街を歩いていたことを想像すると 興味深い、、、タイムトリップできるなら 当時の平戸の街へ行ってみたい気がする。


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まだまだ漁師が多い 港町なので 船具屋をよく見かける。




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街の大まかな形態は400年前の城下町の頃と同じ 町の商店の名前が書かれている。



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近所の町並み 、、、
子供のころからお世話になった駄菓子屋がそのまま健在していると レトロな気分で嬉しくなる。
 


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公園の丘を登ると こんな風景が、、、、、十字架の石塔 カトリックの人たちの墓



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いまも各地にある教会




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町からは少し離れてるが 根獅子(ねしこ)という とっても綺麗なビーチがある海岸。
地元の人たちにも人気の海水浴場。


夏に故郷へ戻ることがないので 観光局の写真をお借りした。
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夏の海水浴 遠浅のため きっと水温も暖かいだろうな〜 

こちらもお借りした写真
ngs-011-03_c - バージョン 2  根獅子
真夏の太陽のもとでは 時には こんな色合いになるようです、、。





育ち 遊んだ場所 

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少年野球の球場だった場所から 街並が見える 、、サード、レスト側にファールすると この坂を球がころげ落ちる
その頃の小学生にとっては 高価なボールだから 無くせない この坂を落ちて行くボールを必死に追いかける 次の坂までに追いつけなかったまず見つからない、、 林や階段を高速で球を追いかけて降りてゆく、、、このおかげで随分 足腰と運動神経が鍛えられたようにおもう、、、悪条件は人間を強くする副産物だ〜。 
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夏休みは ほとんど毎日泳いでた海 小舟はサザエを獲ってるようだ
小中学生の時は素潜りでサザエやタコをよく獲っていた海岸。


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流れが早い海域で 海流にのって移動し遊ぶのは楽しかったが その日の流れの読みを間違って流されると 
悲惨なことになる。 


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高校の入り口 猶興館高校 
1880年(明治13年)9月1日、旧平戸藩主松浦詮が旧藩士等の子弟教育のために「私塾猶興書院」を設立したのが始まりであり、現在の長崎県立の高等学校の中では最も歴史の古い学校で、以来2万9千人を超す卒業生を送り出している。
平戸市の中心市街地の東、平戸港を見下ろす平戸城の下に隣接するように位置している。
校名の由来は、中国の古典『孟子』巻七の尽心章句上にある。
(ウキペデイア参考)


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学校は歴史があり 古ければ良いというものではないが 自分にとっては好きな海と行き交う船が教室から見え 
眠いときには 黒板ではなく海を眺めながら空想にふけることもでき、 
裏には神社と城があり その広い敷地も当時は自由に入れ 学校帰りのいい散歩コースでもあり 
自分にとっては抜群にいい環境の高校だった。

それに 受験必修科目の担当でありながら、、『諸君! 大学へは 何々を学びたいという目的意識がなければ 行ってもなんの役にも立たないから行く価値なし、、、』 と 言いきる 硬派で豪快な一部の先生たちに巡り逢えたのも自分としては幸運なことだった。、、、 

、、何事も 世間が良しとするから、周りのみんなが行くから、という選択ではなく 
その人なりにちゃんと目的意識を持てということなのでしょう。 


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小学へ通う道、、、
400年前ここには各国の帆船が並び ちょんまげや日本髪に着物姿の地元の人たちが行き交う中を
外国人がそれぞれの国の衣装で歩いていたことになる、、、そう思うとなかなか興味深い場所だ。

9月の台風の風が吹くと 当時は飛び魚(あご)の大群がこの港へ入り ジャンプした飛び魚が
風に飛ばされ道に着陸する、、、そんな様子が楽しみで毎年9月の風を待っていた、、、、
小学通学途中の遊びで この岸壁から漁船に乗り移ろうとしてランドセルのまま
2回もこの海に落ちた記憶は鮮明 (x_x;)、、

 高校の授業中は黒板よりも海を眺めていたので 当然学業の方は いまいち、いや いまサンくらい、、
しかし 受験一色ではなく 同級生と世の中の事や自分たちの夢を語り合う時間もたっぷりあり、
実に良い環境で育ったと今でも本人だけは思っている。


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食べ物編 好物

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あごだしチャンポンや ポルトガル伝来のカステラを揚げたカスドースというお菓子が名物ではあるが
自分の好物は これ、、、
スペイン語の名前が着いた アルマド 他の地方にも同じようなものがあるらしいが、、、
茹で卵を魚のすり身で巻いて 揚げたもの。 



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輪切りにすると こうなる。 祭り おくんち 正月などには欠かせない。



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昨年 高校そばの堤防へ行ったら こんな大型のイカが釣れていた俵イカ 刺身もうまいらしい。

少年のころは魚介類というと  スーパーや市場ですべて買うというイメージはなく 
大型のハマチや鯛以外は 自分たちで海に釣りに&獲りに行くそんな感じだった。 



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平戸島の南端の魚市場へ行ったら こんな魚があがっていた。


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町中にある ちいさな魚市場の食堂 個性的な味と香りの小魚どんぶり 好物の一つだが、、
生臭さが苦手な人には ちょいと厳しいかも、、。 


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この桟橋には 長距離航海をしてる国内、海外からのヨットがたまに碇泊するという。

平戸大橋ができてから 定期連絡船が廃業し 海からこの港へ入るのが難しくなったが 
この平戸へ訪れることがあったら 是非船で訪れてほしい その良さや貿易当時の風情を何倍も感じるだろう。
、、、しかし 残念ながら 現在 船で入る方法は水上タクシーでもチャーターしない限り 方法はないようだ。

平戸はコンパクトで歩ける街 
ばたばたとガイドブックに書いてある名所を数多く回るより 
地図を片手に 外国人が行き交う400年前の様子を想像し 時には立ち止まりながら 
自分の足でゆっくり歩くことをお勧めする。
いろんな国を旅して感じることですが 旅の深さや風情とは 意外にも世界遺産や名所旧跡そのものではなく 
永い歴史的背景のなか そこで暮らす人々の何気ない暮らしぶりにあったりする。

大都市からは 遠くて不便なところ、、 しかし そのおかげで変わらぬ静けさと のんびりした風情を味わうには 
とても いい島なのかもしれない。




最後に、、、
こんな 平戸観光用のyoutubeがありました。参考までに、、。









、、、、、、、、、、、、、、

続きを読む

セーリング2013 おしゃれなマリーナを尋ねて、、

夏ですね〜! 海の季節 

今回のセーリングは 自然派から雰囲気を変え 
Sidney ,Oak bay、 Victoria、などバンクーバー島南部のマリーナへ碇泊し 
おしゃれな港巡りを中心に自然(N,Park portland is.)をすこしだけ回ってきました。

まずは ヨットチャーターベースがある センスのいい おしゃれな Sidney マリーナをベースに、、、、 
今回の案内のためにレンタルしたヨットは Gib Sea 37フィート、 すでにアメリカ製フランス製ドイツ製のヨットなど50艇以上は借りてきたけど 今回のGibSeaというメーカーは始めて システムを把握するのに 少々時間がかかる。
ヨットは帆や碇やエンジンなど操船のシステム以外に家が動いてるようなものなので 排水給水 トイレ 電源 料理用ガスの安全装置など それぞれの国民性の違いや設計者で配置もシステムも違ってくる。
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なんとも のんびり いい雰囲気の夕暮れ時、、、、、
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半島の南端を周り 次の目的地は、、、Victoria   この辺りは浅瀬も多く 海流の速度も早く 時間を間違えると
流され座礁 または 逆流でまったく進めないことになる。 



ビクトリアへ
行き慣れた Victoria も 港から入るとまた その良さを再確認します。
あらゆる乗り物 (タグボート ぽんぽん舟 フエリー 水上飛行機となんでもあり 
、、、) それぞれがルールを守り 共存し すべてが調和してる港からの風景。
車やバスで訪れる ビクトリアとは 大きく違った印象を受る。
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碇泊予定のビクトリアマリーナへ 、、、、
日本から太平洋を40日ほどかけてやってくるヨットも入国税関のあるこのマリーナへよく入ってきます。


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水上ハウスも見え ライススタイルの違いをみることができる。


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水上飛行機も目の前にどんどん着水し、、 水上タクシー、、、タグボート、、フエリー、、が行き交い
賑やかな入港シーンとなります。
、、あちこち注意し ぶつからないように操船しながらの撮影(x_x;) 
 

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無事に入港 ドッキング完了!  アメリア船籍の船がたくさん碇泊している。
過去に ここから世界の海へ出て行くヨットにも多く出会いました。
余談
人口の割りに 世界の海を何年もかけて回ってるカナダ人セーラーがたくさんいます。
それも 大きな船で回ってるのではなく 小型のヨットの人たちもたくさんいて 
庶民が切り詰めるとこを 切り詰め 永い旅に出かけていきます。
幼い子供達を連れ世界を回る(通常15才以上になると親とは行動したくなくなる)
カナダ伝統ファミリーアドベンチャータイプの人たちも多く見かけます。
これを 日本では子供は親の我がままのため犠牲になると 考える人もいますが 
狭い船内での共同生活の中で協力しあうことを覚え 
各地で多くの体験をし子供たちも大きく成長してゆきます。
旅の間は子供たちの勉強も学校からもらったカリキュラムに合わせて親がちゃんと教えます。
多くのセーラーは記録に挑戦してる訳ではなく ヨットを旅の道具&住まいとして使っています。
気に入った国があれば 長期滞在し子供たちも地元の学校に通ったりします。
世界を旅するバックパッカーの比率も非常に多い国、、きっと旅好きな国民性なのでしょう。


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昼間の風景 


そして
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夜の風景 やっぱりおしゃれ!


桟橋から見える夜景
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多くのばあい 旅はより早く より快適に 目的地へたどり着こうとしますが そこに大きな落とし穴があり 
ビジネスを目的に移動する場合とちがい 旅はその過程 風情を楽しむもので

より早く 快適に 行けばいいのではなく どういう方法で行くかが その良さをより感じる とても大切な要素だということです。

山へゴンドラやヘリコプターで上がれば 簡単 でも 時間をかけ 一歩一歩 歩いて登ったあとに見る景色と そこで 食べる おにぎりのうまさに勝るものは なかなかない、、、旅にはこれとちょっと似たとこがあります。

クロアチアの港町も 港からの入港は とても風情がありました。
ギリシャもイタリアも港町は 海から訪れると 旅の魅力を何倍にもしてくれます。


うちの田舎 平戸の町もいまは橋ができ みなバスや車で訪れるますが 
船で入ると 、、、徐々に、、
漁船が見え 城が見え 武家屋敷が見え そしてお寺と教会が真ん中に見え入港、、、
、、この町の魅力をより感じることができ、、 
400年以上も前に ポルトガル イギリス、、から 黄金の国 ジパングを目指し 
命がけで帆船に乗りやって来た船乗り達の気持ちをすこしだけでも共感することができる。

、、、、もともと 港町の正面玄関口は港ですからね。


次はOak Bay マリーナへ 
人なつこいアザラシがマリーナへ、、、
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時々 広い海の真ん中でも こうやって休んでることがあります。
アザラシの尾というか 足を見ると 歩かないのになんの役に立つのか まだ 爪がしっかり退化せずに残っている。
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カワウソもデッキで一休み、、、
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5メートルほどに近づくと ちゃんと逃げて海へ入ります。 
人に慣れてるとは言え、、、みな野生です。 



海洋国立公園の一つ 一周2時間ほどの Portlanad island 碇泊  
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この日は 南のPrincess Bay に碇を降ろして 碇泊 


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早速 ラクーンが見物にきた!


そして 何時のように アザラシは入り江の岩場でのんびり いい気分、、。
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上陸し 島の探検 ハイキング。IMG_4310.jpg





一本の碇だけで碇泊すると 風や回遊で方向がいろいろ代わり 景色が変わる回転レストランの気分。
とっても 贅沢な碇泊方法です。
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通常 夕日を見にいっても 落ちると皆帰るけど 北国の夕日は落ちてから1時間 たっぷり色の変化を楽しめる
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日が暮れて星空に変わるまでを トワイライトといい 
カナダのセーリングクルースのいちばん優雅で贅沢な時間!
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通常 夕暮れ時から 翌日の午前10時ころまでは こんな感じで海も静か。
ぷかぷか ゆりかご気分でみな熟睡してくれます。




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ベースのSidny マリーナへ 戻り 帰りの準備、、、


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港町 Sidney らしい 置物でした。



ヨットは自然を相手に変化する風や海流を利用して移動するので 悪天候では予定どうりいかないことも多々あり
いつも 次のプランを考えながら 移動。  
安全確保のためには ときに目的地を諦め予定を変更する勇気が必要となります。

今回は雨模様の天候でしたが  
、、、皆さん それぞれに 楽しんでくれたことを願って!!!







、、、、、、、、、2013年 夏

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

北極海の村  

数年まえ ある自然環境問題をテーマにしたテレビ番組撮影のため訪れた イヌピアット エスキモー Inupiat Eskimo(イヌイットはカナダのエスキモー)と言われる人たちが暮らす 北極海に面する 村と街を 訪れた。


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11月末から 12月にかけて 、、、日照時間2~3時間 ほどのアンカレッジ 


v1  ~ 北極海 000
フエアバンクスから 小型機(14人乗り)に乗り換え 北極海の村 Kaktovic 北緯 70度 へ  



大きな地図で見る

ご覧のとおり 地図に道路のマークがない 実際道路は村の中だけで 陸路は無いのだ、
この車は 夏に貨物船で運ばれたもの。

v3 ~ 北極海 016
強風 


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滞在中 日照時間が一日 数十分から ゼロへ そして マイナス つまり まったく 水平線から 太陽があがらない白夜の反対で極夜の状態へ 


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一日 4時間ほど こんな感じで明かりがなくても 見える。
人口 239人  85%が イヌピアット  Inupiat Eskimo


その他 白人系の人が 小中学校の先生と 宿のスタップ一部。 
http://en.wikipedia.org/wiki/Kaktovik,_Alaska



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カクトビック 唯一の宿 





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奥は クジラの骨 



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この村ではカリブーとクジラは いまでも彼らの重要な食料 
カリブーは凍らせたまま ナイフでスライスして食べる 生だが 凍ってるので臭みがない。



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命にあふれる夏の風景。 この村の小中学校と生徒の書いた絵。


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Barrowという 4千人近くの人口の 街へ 移動、、、北緯 71度

ここも ごらんのとおり街の中心部以外 陸路はない 地図に書いてないのではなくて 未舗装路でさえ 
存在しない。


大きな地図で見る



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http://en.wikipedia.org/wiki/Barrow,_Alaska
北極海の大都市、、、人口3980人 
半分が イヌイット 
半分が 外部から 石油 ホテル タクシー レストランなど の経営や仕事をする 
ひとたちで カリフォルニアから 出稼ぎにきてる 人も多い。
白人系のほかには カリフォルニアからきた フイリピン人 ベトナム人 韓国人も見かけた。

大型のスーパーもあり 夏は貨物船でものが運ばれ 冬は空輸になる。
スーパーには 都会とかわらないほど ものがそろっていた。

この町では イヌイットの人たちの仕事に いまの西洋社会が見る 生産性のあるものは ほとんどない
従来の生活を諦め(諦めざるをえない状況) 石油採掘の権利と引き換えに すべての保障をアメリカから受ける。
経済的には 十分な暮らしが保障され 
彼らの仕事は 自分たちの福利厚生をするための仕事であり すべて公務員となる。 

各家庭には 大型の車が2台はあり スノーモービルも数台ある 
パソコン ピアノ、、etc etc ものには 溢れていた。

だた 果たしてそれが この人たちの やりがいや 幸福につながっているのか?
そこには 大きな疑問を感じる面もあった。

、、、、、、、、

もともと 捕鯨や 動物の猟を主体に生活をしてきた 人たち いまでは 
数頭の捕鯨が アメリカ政府から 許されている 

捕鯨に緩い考えかたの 日本からの取材にはとくに 神経質になっている
おそらく 捕鯨と引き換えに 生活費の保障という面が 確保されているからだろう。



番組の取り扱いかたによって アメリカ政府からの
彼らに対する風当たりが 大きくちがってくるようだ。
役所などでは 取材拒否が当然 おこってしまう。



、、、、、

閉鎖的な傾向があるこの町で 今回の撮影取材が難航したとき 

実はこの町でレストランを経営する 韓国人の人たちに大きくお世話になることとなる
彼らの助けがなかったら この取材のポイントとなるとこは 撮影できなかっただろう。

昔は日本人がいちばん嫌いだった でも ある日本人との出会いの体験で変わったんだよ、、、
そんな 話しもしてくれた。とても優しいく熱い気持ちの人たちだった。




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自然環境の変化 石油採掘の恩恵と弊害 大きな変化の波を迎えている。

、、、、、、、


バローとは 大きく違って 静かな カクトビック村

人口239人の カクトビック村の小学生に 大きくなったら どこへ行きたいかと質問すると
ここが好きだから どこへも行きたくないという 答えが多く帰ってきた、
学校では各自にMacBookが提供され インターネットで世界中の情報は見ている だからほかの世界を知らないのではない。 

地球上の いろんな所で いろんな暮らしがあり 便利さや文明だけでは計れない 
それぞれの幸せな暮らしがあるんだな~ と、、、、。 


、、、、、白夜の真夏に訪れてみたい気がする 
子供たちの絵のように 花や鳥や動物たち そんな生命にあふれてる世界なのかもしれない。




、、、、、極地への旅より。
















、、、、、、、、、

アラスカへの旅 前半 2012年

2012年 アラスカへの旅  Vancouver空港上空
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BC州 Desolation Sound ここはヨットやシーカヤックでよく 訪れる場所
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氷河期に氷河の移動で削り取った典型的な地形 多くの入り江があり ヨットの碇泊には世界的に見ても非常に恵まれた場所。


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アラスカへ入ると 氷河や山の規模がひと回り大きくなる。


今回は日本から来てくれたハイキングや登山が好きな4名を案内 
アウトドアー体験にはみなさん慣れている様子、、、。
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今回で8回目のアラスカ  
キャンピグカーを使っての案内は3回目 毎回少しずつ ルートが違う。 
アンカレッジで32トフィートのキャンパー(こちらではモーターホームという)を借り
12日間の旅の始まり まずは 南のKenai 半島へ 


大きな地図で見る



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アラスカは どこも クマに注意のサインが多い。



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初日のキャンプ場そば 遡上中の鮭と 右手にクマが食べたばかりの鮭が見える。



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イグジット氷河へハイキング



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氷河の下のほうにある氷は 何百年 何千年まえにできたものか? 
産業革命まえのきれいな大気の中できた氷の可能性が高い。




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スウォード(Seward )から 氷河観光の船に乗って、、、、強風の中 出港、、、
Bear Glacier (クマ氷河の名、、、 クマが多いのかも)
中央部の土砂は 二つの流れる氷河が混じりあった境であり 
山から土砂が氷河に落ち氷河と共に移動した土が見え 
手前には 氷河が決壊して 流れた氷山も見える。
次回はここで 一泊し歩いてみるのも良さそう。今回は横目に見ながら、移動中、、。


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荒波に削られた キナイ(Kenai )半島らしい 険しい風景が見える 



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アシカやパァフインと言われる ペンギンと鳥の中間、、、水中は得意だが 飛ぶのが苦手な鳥がいる。
その他 ラッコや シャチも多く生息している


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この日のメイン (Aialik Glacier)  アイアリック氷河
運良く 氷河の決壊するシーンも見えた。


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アイアリック氷河


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(Skiluk Lake )スキラック湖 ハイキングトレール 



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これまでの経験から ハイキングでの注意点が書かれてあり 
1  グループで歩く 子供が離れないようにそばで歩く 
2 見通しの良くない 薮や森では音を立てながら歩く
3 犬がクマに向かって 吠えない 行動しないようにする クマを刺激しない。
4 ジョギングをしない 出会ってもけっして 走って逃げない

、、などが主な注意点になっている。

帰り道、、この日はまるまると太ったグリスリーに近距離(3メール)で遭遇してしまった。
どちらも驚いて 引き下がり 約8〜10メートルで しばらく にらめっこ状態、、、(x_x;) 
冬眠前、突然の遭遇など 条件的に非常に危ない遭遇の仕方、、、
、、、ゆっくり ゆっくり 決して走らず(気持ちは走りたいけど)、、、ゆっくり歩いて移動しました。
これまでの経験から言えることで多くの人は 恐怖心のためか いきなり走りだし逃げようとします 
しかし これがクマを誘発する原因のようです。

これまでに 数多くのクマに遭遇してきましたが、、、今回が最大の大きさ 最短距離での遭遇だった。
この一週間まえにデナリ国立公園でクマの写真を撮っていたハイカーが襲われたニュースを聞いていたとこなので、、、、、、、、ほっと一息でした、、、。



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アンカレッジから 北へ向かうと 北米最高峰 Mt Mckinley (別名Denali ネイティブの言葉)
the mountain is called "Denali," meaning "the great one" in the Athabaskan languages of the Alaska Natives


☆ヨーロッパのアルプスやカナディアンロッキーの山々は 一枚の写真にその美しい魅力を詰め込むことができる
しかし ここアラスカの自然は 広大すぎて 写真ではどうにもならない 逆に迫力のないありふれた風景になってしまう、その場に立ち時を過ごして始めて自然の大きさ深さを感じる場所である。



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Denali デナリ国立公園へ 途中の峠 9月の初雪 1200メートル 手前の赤いのはブルーベリー 苔桃も多い 
永久凍土だ。 もっともアラスカらし風景の一つ。



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昼間の状態 走行時は出てる部分が中に納まります。


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夜寝る準備

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室内の様子


今回の旅で使用した キャンピングカー(こちらではモーターホームという、まさに モーターの付いた家だ)
32フィート(9m60cm)キャンプ中は後部のベッドの部分もリビングキッチンの部分が外に70cmほど 
出る構造、、、これでかなり広々とした感じになる。
旅の仕方として 
1)ホテルやリゾートロッジを泊まり歩く方法
利点は シャワーや部屋がいつも暖かい ベッドが広い
欠点は 大自然に来ていながら 自然を感じるには やはり距離がある。

2)普通の車にテントを積んで テント泊をする。
利点は 4wd であれば かなり機動力もあり 悪路も走れる
欠点は グリズリーが多く しかも 冬眠まえであり テント内で 衣類に付いた食べもの匂いを無くすことなど 
ほとんど 不可能に近い。 

アラスカの旅はなぜ キャンピングカーをよく使うのか、、、、その理由は、、、
3)キャンピングカーでの旅
欠点は シャワーや風呂(シャワーの設備はあるが 給水量限りがあり 人数によっては十分にとれない。)
ただ乾燥した気候のため 汗をかくことが少ない。
シャワーは ほとんど使わないが その代わり RV パークという 私有のキャンプ場には あらゆる設備がととのっており シャワーやトイレも快適に使えるので 1日または2日おきに泊る。 キャンピングカーのトイレは使いやすく 慣れるとなんの問題もないし 清潔だ。
利点 キッチン オーブン 冷蔵庫付きで 料理が簡単にできる。
グリズリーなどの動物が多い場所でも安全に泊れる。
アラスカ州は国立公園の一部以外 他の交通を妨害しない限り どこへ止めてよく
広大な自然の中で気に入った場所があればどこでもオーバーナイトできる。
これは ヨットにも似た利点で より安全な状況で 大自然を身近に体験することができる。


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デナリ国立公園 公園内の専用車に乗りかえて、、、



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デナリ国立公園


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Mt.Mckinley(デナリ)が見える 
いつもの年より早い9月の初雪、、


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アラスカで2番目の都市 フェアバンクスの近く、、白樺 ポプラの黄葉の季節、、


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北極海から 南アラスカのバルディーズという港街まで このパイプラインで石油が運ばれる
耐震設計されてるとは 言うが どこまで耐えられるのか テロなどにはほとんど無防備だ
広大すぎて テロ対策など所詮無理な状況。

我々がいま乗ってる車もこのガソリンの恩恵を受けている、、、
、、、身勝手な話しだが 複雑な心境になる。

以前 バルディースという港は大型タンカーが座礁し 広大な地域が汚染されている。 


ウキペデイアより
エクソンバルディーズ号原油流出事故(エクソンバルディーズごうげんゆりゅうしゅつじこ、Exxon Valdez oil spill)は原油タンカーエクソンバルディーズ号が座礁により積荷の原油を流出させた事故。この事故はこれまで海上で発生した人為的環境破壊のうち最大級のものとみなされている。現場はプリンスウィリアム湾の遠隔地(交通手段はヘリコプターと船のみ)ゆえ、政府も企業側も対応が困難であり既存の災害復旧対策案は大幅な見直しを迫られた。



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フェアバンクスから 南のPaxsonへ 向かって 峠越え このあたりから
一般の観光客をほとんど見かけなくなる。



続く、、、ページの上に戻り 旅の後半へ のページへ 移動してください 
http://kazecanada.blog110.fc2.com/blog-entry-84.html

アラスカへの旅 後半 2012年

旅の後半から終盤へ

フェアバンクスから南下 リチャードソンハイウエイ イザベル峠 
標高はわずか914メートルだが 高緯度のため森林限界を越えている 
峠


これから先は 未舗装路の旧街道 デナリハイウエイに入る 
入り口に Paxson という人口40人の村があり
このあと車の故障など トラブルが起こっても しばらく救援を待つまで待機できるように 
水 ガソリン 補給 そして暖かいシャワーを浴びる。 
ここにはまるで開拓時代を思わせるバーがあり、、一瞬タイムトリップができる。

地図、、

大きな地図で見る
2号線から 4号線へ そして 8号線へ入る。 B~C が 未舗装路のDenali Hwy



1時間ほど 走り Tangle lake キャンプ場へ到着 
キャンプ場




湖のまわりを散歩 、、、あれ〜〜 なにか泳いでる?
ビー

と思って近づくと、、、


ビー
昼間はあまり見かけないビーバーが泳いでる。
巣から出て遊んでる感じ 好奇心旺盛な子供のようだ
どの動物も経験値の違いか 親は用心深く 近くまで 寄ってくるのは たいてい子供。 



びー
奥には巣がみえる ビーバーがかじった木 鋭い歯の形が残っている



ハンター
ハンティング用のバギー 道路から原野に入り 射止めたカリブーを積んでくる。
黄色のテントには煙突が付いてる 暖房用のヒーターで 夜中は0度近くになる。



ここからが いよいよワイルドアラスカ 
一般観光客がほとんど 訪れない世界へ、、、、 
道は悪い 人気の観光地でもない ガイドブックにもほとんど載っていない 或る意味地味な風景 
キャンピングカーの故障などリスクは高い 保険もこの道での救助サービスは有料となる
通常 案内する側としては避けたい道 しかし 
あえて この道を3日〜4日かけてゆっくり案内する 
ここは急いで通る道ではない じっくり時間をかけて 通ることで
荒野に咲く小さな花の可憐さや逞しさにも気がつき 風や雲の流れや 
そこに生きる動物たちの気配も感じことができる、 
焚き火を囲み 星空をゆっくり眺める、、、、 
ここは最もアラスカらしい 雰囲気を体感できる場所の一つだろう。 



IMG_a1269.jpg
ワイルドなアラスカらしさを感じるような場所では キャンプ場ではない こんな道路の横の空き地に止め
夜を過ごす。 キャンプ場のように 守られてない分だけ 雨風や動物や自然界の様子をより肌で感じる。
アラスカでは 国立公園の一部以外 ほぼどこにでも止めてキャンプすることができる。

この谷間では1万年ほと前に 食料や衣類となるカリブーの移動に合わせ
アジアからベーリング海を越え移動してきた人々の居住跡地や やじりなどが見つかる。

一万年の旅路 という本がある ここデナリハイウエイは 彼らが通った道と同じ場所なのだ 
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本の解説
☆ 一万年間語り継がれたモンゴロイドの大いなる旅路
アメリカ大陸に住む、インディアンとも呼ばれるネイティブ・アメリカンの人々は、その昔ベーリング海峡が陸続きたっだころベーリング陸橋をわたり、アジア大陸へ渡ってきたモンゴロイドの子孫だという説が定着しつつある。「一万年の旅路」は、ネイティブアメリカンのイロコイ族に伝わる口承史であり、物語ははるか一万年以上も前、一族が長らく定住していたアジアの地を旅立つ所から始まる。彼らがベーリング陸橋を超え北米大陸にわたり、五大湖のほとりに永住の地を見つけるまでの出来事が緻密に描写され、定説を裏付ける証言となっている。



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移動中のカリブーの群れ 



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Denali Hwy
特にこの時期(9月)は 移動中のカリブーを狙う ハンター達の世界 




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射止めたカリブーを載せた トラック 

無惨に動物を殺して!、、という 怒りの感情を持つ気持ちも よくわかる。 
角を飾るためでもなく ここアラスカでは日本人が食べるために魚を釣る意識と同じようなもので 
この肉は干し肉やソーセージとなり 一年分の保存食となる  


人も他の動物も魚も木も花も蝶も我々体内のバクテリアも 地球に生まれた生命はすべて 
他の生命の助けや命をもらうことでしか 生きられない そういう運命に作られている。

一粒の種には何億にも育つ可能性を秘めているという しかし その種だけが増え続けると 
それは一種だけの自然のバランスを外れた暴走となり、、やがて自然淘汰されてしまう。 

すべては自然界のバランスのなかで生かされている もしかしたら 今 人類は暴走してるのかもしれない。
、、それもまた自然淘汰の摂理なのか または 人類の知恵がその問題を克服するか、、、、、、。



ここにある専門家の興味深い話しがあります 
http://nihon.matsu.net/nf_folder/nf_koramu/nf_koutouseibutsu.html
上の部分をコピペで検索して頂くと 読めます。
この方の著作権の関係で すべてを紹介できませんので 内容の一部 抜粋 
( 一番多い意見としては、人は他の動物よりも優れた知性を持つので高等だというものがあると思います。優れた知性は高等であることの条件でしょうか、、、、、、、人間の特徴として、自分が優れていると思いたがるという所があります。、、、、、
高等・下等の分類は主に人間のエゴがつくり出した価値観に属するものです。生物として、単純な形と複雑な形とどちらがすぐれているかという議論はあまり意味がないと思います。、、と 続く、、)



Lodge
ハンターが集まる カフェ  
店の人に ここに集まってる人たちは 地元アラスカの人なのか? それとも アメリカ本土からスポーツハンティングのため 来てるのかと 聞いてみたら みな地元の人たちだよ、、という答え。
ここに集まる人々の雰囲気は獲物を狙うハンターの眼というより 多くは自然に溶け込んだ優しい表情の人たちだった。



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ハンティングを管理するレンジャーの車 
乱獲で生態系のバランスが崩れないように 厳しく捕獲の数もライセンスの発行数も管理されている。



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キャンプ場の看板 この写真を見ただけでも
鳥がいて クマがいて 鹿がいて 植物があり 多くの生物が自然界の成り立ちのもとに 共存していることがよく理解できる。(海の世界へ潜って見ると もっと単純にそれが理解できる)


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そんな 自然の中をブルーベリーを頂きながら 散歩中、、、 アラスカやユーコンの自然の中にしばらく身を置き 今回も感じたことは やはり人は地球を支配してるのではなく 他の生物と同じように単に自然に付属してるだけだということ。



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完熟した ブルーベリー

 
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ツンドラ(永久凍土)の上には こんな鮮やかな色合いの苔類が育っている。



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抜かれたこの植物の運命 どうしてこの花だったのか、、、  その犠牲の元に この北国の花たちは我々の気持ちをしばし癒してれた、、、生物は自分も含めて自分達の都合でしか 物事を考えないのが生物の自然な成り立ち。せめて 今はこの抜かれた植物達にも 感謝の気持ちを持ち
そして 摘んで飾ってくれた人の心遣いとセンスの良さにも感謝したい。




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旅の最終日 Palmar , 氷河の水がゆったりと大きく流れ込む Matanusuka River  



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出発ゲート アラスカらしい雰囲気 

アラスカ州はアメリカ合衆国だが アメリカに来たと言うより 人間が住める地球の最果てに来たという感覚を持つ。
ハワイのカウアイ島やハワイ島の田舎と同じく このアラスカは人々の様子も土地の空気もアメリカであってアメリカではないような印象を受ける。

旅の途中と直後のほんの ひと時にせよ、、、
人の社会的地位や名誉やタイトル そして人類の偉大と言われる功績でさえ さして重要ではないように感じさせてくれる場所だ。。。存在するすべてが 自然の摂理の中で生かされていることを感じる。


宇宙船地球号 アラスカ編 おわり。



ps
アラスカの魅力をより深く理解するために 旅の前におすすめの本
星野道夫 旅をする木 
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旅企画案内人より 
旅に参加してくれた方々へ 
案内役を信用し 協力して頂いた皆さんへ深く感謝し 
そして 貴重な旅の体験になったことを願っています。







、、、、、、、、、、、、、

テーマ : 海外旅行記
ジャンル : 旅行

テレビ番組 世界の車窓ロケより

カナダ西部 VancouverからCalgaryまでの 撮影 
撮影の方法は 列車に乗り込み 内部の様子や列車からの風景
道路添いを走る 列車を車で並走しながら 撮影 
定点にカメラを設置し 通る列車の撮影
そして 空から追いかけながら撮る 空撮がある。

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カナダは99% 貨物列車主流 この列車は数すくない 観光用列車 
カムループス通過中 Vancouverから400キロほど内陸部

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Banff 近く 秋の紅葉の時期



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ロッキーの代表的な湖 モレーンレイク


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森と湖 カナディアンロッキーらしい風景



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この辺りではよく見かける ナキウサギ 草をちぎっては忙しく動いていた 冬支度なのかも。



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空撮の準備  飛行中 カメラもカメラマンも落ちないようにハーネスでしっかり止める


動画

いよいよ空撮開始  レボルストークにて 

地上斑はこれから 列車が綺麗に見える位置へ移動しカメラをセット
地上と空中両方からの撮影となる。



IMG_1590 b

撮影に使用したレンタカー、 途中 田舎のガソリンスタンドで学校の社会体験プログラムでガソリン給油を体験したいと言われて お任せしたとこ、、、、(*^-^)ニコ 10人ほど地元の可愛い小学生たちだった、、。


今回の撮影では この車で5070キロ走行でした。 

番組の放送は 12月の2週目の予定。

シーカヤック 2012

久々の Sea Kayakでの旅ガイド 

場所はおなじみの desolation sound 同じ場所でもヨットで行くのと 視線も違い
行動パターンも 大きく違ってくるので別の場所へ来たような気持ちになる。 

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Powellriver の北



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出発!!! さっそく セーラーとしては傘を使ってセーリング開始 、、
自然の力 海流や風とは共存が基本  邪道などというカヤッカーもいるが 所詮自然のパワーには勝てないのだ
修行や勝負そんな意識ではなく 工夫をして自然と共存する 恩恵を受ける ただそれだけ、、、。 
 
今回のメンバーは自分を入れて9名 



IMG_1652_R k
始めての長時間パドリングで 皆さん 少々疲れ気味、、ふ〜〜〜、 
キャンプ予定地へ上陸まじか、、、、



IMG_0076 k
キャンプ場という決められたのもはない 自然の小島 無人島に上陸 平な場所を探してテントを張り
 ある道具をすべて工夫し雨風を避けるタープをなんとか張る 
ここが 滞在中のダイニングルームとなる 
シンプルだが とても贅沢!な風景、、、白頭鷲や水鳥が飛びかい あざらしが時々様子を眺めに来る。 


* 日本で磯釣りの場所などへ行くと 釣り場でがっかりすることがある とても綺麗な自然なのに
そこには 弁当の食べかす ビールやコーラの空き缶がそこら中に散らかっている。 
自分たちの好きな海をなぜ 自分たちのためにも大切にできないのだろう???
自分が捨てれば どうしても 他の人も気にせず同じことをやりがちで、、 
再度 訪れた時に結局嫌な思いをするのは その捨てた本人たちではないか。 
人のためでもマナーのためでもなく 釣り人本人のためにゴミは持ち帰ってほしい。

カナダでのキャンプはノートレースキャンプと言い 前日に人がいたことがわからないように 
元にもどして 行くことが原則であり ほぼ全員がそんな気持ちで楽しんでいる。
1週間いても ゴミを見ることは皆無に近い。


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昆布 、、これがまた うまい! ヨットでも人気の品 ほぼ無限な位にある。
海藻があるから 魚も貝も雲丹も育つ すべては連鎖関係。




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雲丹、、、幸運にも ネイティブ(先住民)の人たち以外は あまり食べないので よく残っている  
もちろん 自然の再生能力やバランスを見ながら カナダの釣りライセンスの範囲内で調整してゆく。 



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雲丹を丁寧に開いて、、準備中。うまそう!!




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今回は日本料理のプロがメンバーに参加で 見事なミル貝と雲丹の盛りあわせを作ってくれた。



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この日は kayakで近くへ あさりとりに、、、


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釣りの準備、、、  Seakayakからの釣りは ポイントまで移動する 釣った魚をあげる 魚を網に入れると 
色々な作業をこの座った状態ですべてやる、 大きな魚だとkayakも動いてしまう。 
沈しないように バランスをとりながらだから 陸からよりも 船からよりもっと面白い。



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干満の差が5メートル50cm この動きを間違うと とても面倒で危険な作業となる
できるかぎり 引き潮 満ち潮に合わせ 海流に乗って移動する。
モーターボートでは感じない この葉のようなカヤックならではの自然との共存感だ。



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夕方 風もとまり 天気も上々 散歩気分で近くの無人島めぐりに出かける 
カナダの夏は 夕暮れ時が永い なかなか暮れない そのまったり感がとても気持ちよく
快適なパドリングだった。



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前半は雨と曇り 久々の晴れ間 湿ったテントや寝袋をおもいっきり乾かす、、爽快!
晴れが続けば いいというものでもない 日差しは強いので晴れが続くとこれも辛い 
パドリングには むしろ曇り空が いちばん快適、、
、、結論、、色々あるから それぞれの天気の変化や違った光りの風景が新鮮で楽しめるのだ〜〜。


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久々の晴れで暖かい 海水は極寒だが 海流に乗り 島の周りを移動、、、或る程度流されると 
またあがっては流される、、と、、皆何度も童心に帰り楽しんでいましたね。 
海流は 地球の回転と太陽と月の引力の成せる技 これも自然の恵みでした。



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最終日 みんなで記念撮影 いい笑顔ですね。  
☆ 皆さん一回り逞しくなった感じです。


SeaKayak の旅は 衣食住すべてを自分たちで工夫し獲て日々の生活をしてゆく
 必要な水を取りに川へ行く ついでに水浴びをする トイレは穴をほり自然に返す 
調理や暖を得るために薪を集め火を起こす 食材となる 貝や魚を獲りに行く。 
人間が生きて行くために不可欠な作業を ひとつひとつしてゆくことになる。

そして
雨風から避ける屋根をつくり 暖をとりみなんで獲た海の恵みを共にする。
何千年も前から人々がやってきた基本の営みと同じようなものだ。


まとめ、、、
案内をして いつも感心することですが 、、普段はこんな感じで自然に触れる機会がなく 
こういう体験が始めという女性たちが 始めは戸惑いから、、 
数日後には見事に自然に適応し 楽しんでゆく姿です。 

実はDNAの中に記憶された太古の記憶、、、人が元々持ってる自然適応能力が蘇ってくるように思う。
 
自然の仕組みを知り その環境に知恵と工夫で同化して行く 人の本来の姿かもしれない。



、、、、、、、☆ ☆ ☆、、、、、、、、、、

カナダの特徴 なんでもありだよ~ 

ゲイ パレード、、、正式名は Pride Parade & Festival
多民族がいまのとこ平和に共存する カナダ バンクーバーのお祭り

初めのころに比べると ゲイというより 一般市民とスポサーの宣伝みたいな、、
いまや これがないと バンクーバーの夏が来てないようなイベント
ゲイでもそうでなくても どうでもいいみたい。
人種の違いも なんでも 受け入れて来た カナダらしい方向性かな~~。

ここBC州は 同性の結婚が正式に認められており 
法律的な面でも保障の面でも 通常の夫婦と同じ権利を
認められています。

ある種の道徳や宗教観念で これはダメ これは良いというより 
人に迷惑かけてない限り 人種問題と同じで 
少数派(いまはそうではないけど)の意見でも 受け入れていきましょうって 
カナダの基本的な考え方。  

移民の対策などは カナダという元々移民で成り立ってる国ならではの方針、、
日本とは成り立ちも状況も違うので これが良いという話しではなく 
あくまで カナダという国の特徴です。


警察 病院 政治政党(医療マリフナ振興党)テレビ局 学校 教会 !!スポーツクラブ、、、
エスニッククラブ、、、いろいろ出てます。






椅子とパラソル、、 準備いいな~
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なんと 特別席 車いす用 まで、、、
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美女たちも、、熱い声援を送ってます、、
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いまや ファミリーイベントだから 子供たちものりのりだ~
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メインスポンサーの一つ、、、
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美女発見、、、
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看護師協会も出場、、、、。
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トップレスのお嬢さんも フルちんのおじさんも いましたが この日だけは 
無礼講のようです。

、、、と こんな 感じで なんでもありの 明るいゲイパレードでした。



パレードの動画はこちらで 
前半 花火大会直後の様子をいれてます。東京ではよく見かける光景だけど
こんなに バンクーバーに人がいたとは!!! 驚き!

パレードの最後は 見物中の一般市民がパレードに付いて 
その後のパーティー会場まで、、、 ってな感じですよ~~。

パレードに参加してる人たちの 80%はゲイではないようですね
いまや みんなのお祭りなんでしょう。

人種の違いや 趣向や思想の違いで いがみ合ってるのが ばかばかしくなってくる
平和な光景でした。


個人的には ゲイの結婚が認められようが 市民が受け入れようが 
なんの利害も関係もない ことだけど 弱者である 自転車優先道路の大幅な拡張や
他の国では タブーとされてることが 受け入れられてゆく 
そんな カナダの寛大な発想が おもしろい。


720p HD動画でも見れます。
http://www.youtube.com/watch?v=E9DmVebu2DE

Sailing2012

2012年の セーリングの様子です。
http://www.youtube.com/watch?v=s4upOArGvz0&feature=youtu.be



雲丹に牡蠣に美味しい魚とまたまた恵まれました。

イルカが並走してくれることは たまにあるけど 
今回はのんびり 1時間ほど 遊んでいってくれました。






、、、、、、、、

Angels of South Mexico & Guatemala

世界の中では治安も悪く経済的にもかなり悪条件と言われている、、 メキシコ南部とグアテマラの 逞しく 可愛い子供たちの様子を再度youtubeへupしました。
3分ほどの 写真映像です。
 

(しかし、、、実はそんなに治安は悪くない アメリカの大都市のほうが遥かに危険に感じる)


http://www.youtube.com/watch?v=hmLDrsknegU&feature=plcp


写真をクリックすると 動画が始まります。






、、、、、、

、、、、、
プロフィール

はぐれ雲 ys

Author:はぐれ雲 ys
風の吹くまま 
気の向くままに、、、 

カナダの海 世界の海 
アラスカ、 カナダ の自然
日々の人々の暮らしなどを
紹介します
e-mail
ys11kaze@yahoo.co.jp

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